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リリーの命日


今日はリリーの3回目の命日です。

早いものでもう丸3年。

今日はこちらは大雨ですが、
3年前の今日は晴天でした。

とても暑くて、とてもいい天気に、リリーは旅立ちました。

どれだけ泣いたか分からないくらい、泣いたけれど
時間が癒してくれる。。。
今は私の大切な思い出として、
リリーは心の中に生きています。




リリーの事について、私がHPで載せていたものを
そっくりここへ転記します。
今度のサーバー更新は、もうしないと決めていますので
こちらで残しておきたいと思いました。

長くなりますが、私の思い出の記録として・・・。

これはリリーが亡くなってから一ヶ月を過ぎた頃
書いたものだと思います。



リリーとの出会い
リリーは、平成14年の12月、我が家へやってきました。
我が家にとっては初めて飼うワンコ。
ゴールデンレトリバーがいいなと思っていた私は、最初はやはり、子犬を飼うつもりでした。
しかし、ゴールデンレトリバーについて、色々とネットで見ているうちに、たまたま辿り着いた
「GRCJ」という団体の「レスキュープロジェクト」という里親募集。
成犬ではありますが、とても可愛い目をしたリリーがいました。
そして、ここのGRCJという所が、とてもゴールデンを愛し、誠実な団体であるということを知り
ぜひ、我が家へリリーを迎えさせてもらいたいと、願い出ることにしました。
そして、リリーが我が家へ来てくれるようになったと決まったとき、嬉しかったなぁ。。。
nanohanalily.jpg

福岡空港へ、夫と私、それにGRCJのメンバーのMさんと一緒にリリーを迎えに行きました。
静岡の預かりのおうちから飛行機でやってきたリリーは、
飛行機酔いすることもなく、とても元気に私たちの前に姿を現してくれました。
私が最初にリリーに会ったときの印象は、想像していたより大きかったのと
金色の毛並みがとても綺麗だったということでしょうか。
リリーは、何も躊躇することなく、私たちの車へ乗って一路、佐賀県伊万里の我が家まで
一緒に帰ってきました。
私たちは犬を飼うことも、しかも大型犬を家の中で飼うことも初めてですので
正直不安なところもいっぱいでした。
でも、GRCJのメンバーの方は、
とても親切に相談に乗ってくださるし、
幸い近所に信頼できる獣医さんも見つけ、
リリーとの生活をスタートさせました。
リリー、5歳と8ヶ月でした。
miyakokawauti11.jpg


楽しかった日々
リリーとの生活が始まり、愛犬と一緒に暮らすってことが、こんなに楽しいものかと
毎日、しみじみ感じていました。
日中仕事をしていても、帰り着くとリリーは誰よりも私の帰宅を喜んでくれますので
帰り着くのが楽しみでなりません。
リリーは、とてもよく躾けられたワンコで、私たちのコマンドもよく聞いてくれましたし、
とても賢いワンコでした。
yobuko1.jpg

img001.jpg

もちろん、困ったことがなかったわけではありません。
リリーは、食べるものに関して、執着心のとても強い子でしたので、
私たちが留守の間に、ケージの鍵を開けて部屋へ入り、生ごみを荒らして(泣)
部屋中を地獄絵図のようにしたことも、一度や二度ではなかったです。。
その度に、夫と知恵比べ状態で?!ケージの鍵が頑強になって言ったのですが・・・

リリーの過去、は私はほとんど知りません。
我が家へ来て、避妊手術をしたときにも、「出産経験はありません」と言ってしまったのですが、
実は、リリーは何匹かのワンコのママでした。
そのことを知ったのは、何ヶ月かしてからでした。リリーと息子犬は同じGRCJに
里親を託されたようですが偶然にも、息子犬も同じ県内の里親さんだったことが分かり、
GRCJのMさんの計らいで、リリーと息子犬は再開をすることが出来ました。
lily20and20power1.jpg

リリーと生活をするようになってから、私たち夫婦はとってもアクティブ?!になりました。
休日は、リリーを連れていろいろな公園やワンコ連れOKの所を本やネットで探して出かけます。
リリーは何処へ行ってもおりこうだし、美人だし、もう親ばか丸出しの私でした。。
リリーが我が家へ来てから半年したころ、モモが家族に加わりました。
ちびっこのモモとも、辛抱強く付き合ってくれたリリー。
我が家の凸凹コンビは、何処へ行くのも一緒でした。

ワンコとの生活で、もっといろんな所へ出かけてみたい、、と思ったとき
「キャンプ」ということを知りました。
今までアウトドアの「ア」の字もなかった我が家ですが、キャンプが好きなネットのお友達と
出会ったおかげで、ワンコ連れのキャンプを始めることに。。。
いっぱいの荷物に、リリーとモモを連れて、いろいろなキャンプ場へ出かけました。
楽しかったなぁ。。
もちろんキャンプ場でも、リリーは我が家の自慢のワンコでしたよ(笑)
tent20and20lily1.jpg

いっぱいのお出かけを通して、私は初めて知ることもたくさんあり、
私自身の生活の幅もとっても広がりました。ワンコ繋がりでたくさんのお友達にも出会えたし
本当に楽しい日々でした。

リリーは、毎日の散歩も元気よく行き、食欲も旺盛、たまに皮膚に湿疹が出来て
かかりつけの先生へ行くくらいで、いたって元気でした。
だから私は、こういう生活が、ずーっと続くと、、本当に思っていました。       

病気、そしてお別れ…
リリーが一緒に居るという生活、空気のように馴染んできたのに、異変は突然やってきました。
2005年2月26日、
いつものようにご飯を食べ、リリーは寝室へ行っていました。
その後、食事の片づけをしていると、寝室からバタバタという物音が聞こえてきましたが、
最初は「リリーが耳でも掻いているのかな」と思い気にもしませんでした。
でも、その音がやけに長い。
慌てて寝室へ行ってみると、リリーは倒れたままもがき苦しんでいて、
口から泡を出し視線も飛んでいます。
はじめて見るその光景に、私は全身から汗が吹き出たのを覚えています。
苦しがっているリリーでしたが、何もしてあげられず私はただオロオロするだけでした。
ずいぶんと長い時間に感じたのですが、
きっと時間にすればほんの3.4分だったのではないでしょうか。
その後、リリーはしばらくグルグル回ったり、視線が定まらない状態だったものの、落ち着くと
元通りのリリーになったのです。

かかりつけの先生に診ていただいたところ「癲癇性の発作」ではないかと言われ、
発作を起こしたときに使う薬と、毎日の生活で発作を抑える薬をもらって帰りました。
以来、何度かの発作を起こしましたが、発作自身は大丈夫なので、
慌てずに対処できるようになりました。
でも、少しずつ、リリーの身体の中では病気が進んでいっていたのです。
薬を飲むようになってから、リリーはとてもボーっとしているようになったので、
先生と相談しながら
薬の量を調節していきました。
そのころからリリーの粗相がとてもひどくなり、夫とずいぶん悩んだ結果、
リリーをテラスへ移すことにしました。
いままでずっと室内飼いだったので、苦渋の決断でした。
私たち夫婦の寝室の横が、リリーの居場所になりました。
そこなら、少しの異変でも分かるところです。
木製の犬舎を組み立てて、リリーのおうちを作りました。
リリーは毎日二回、朝と夕方、散歩へ行っていて、
今までずっと散歩へ出かけて排泄をしてきたのですが
やはりだんだんとリズムが掴めなくなっていたようです。
そして段々と「行動異常」が見られるようになりました。
いつもより少し早めにご飯を食べたりすると、もらっていないと思うのか、
ずっと催促したり、今まで嫌がることなど無かったのに、
身体を触られると唸って噛み付こうとしたり、
夜と昼が逆転してしまい、夜になるとずっとグルグルと回りながら遠吠えのような声で鳴いたり、
狭いところへ入っていこうとして後退できなくなったり。。。
本当に、あまりにも変わってしまったリリーに、正直私はとまどってしまってました。
声をかけても、私だと分かっているのか、いないのか、
明らかに元気だったころとは反応が違います。
何度も病院へ足を運び、検査や診察をして頂きましたが、
結果、進行性の脳障害、ということを言われました。

でも、うまい具合に薬が合えば、小康状態でずっと、このままの暮らしができる、
先生はそう言われましたし
私もそれなら、今までのリリーじゃないけれど、
病気をひっくるめてリリーを見ていこうって思っていました。

しかし、リリーの病状は明らかに進んでいました。
目が見えなくなってしまい、鼻も耳も、以前より利かなくなってしまったせいでしょうか、
歩くのもおっくうがり、あんなに好きだった散歩も、連れ出すのに一苦労するようになりました。
胸の詰まる思いでした。
リリーが最後に病院へ行ったのは5月12日。
夫と私で、ほとんど歩けなくなったリリーを抱えるようにして連れて行ったのです。
それでも、食欲はあり、おなかの調子もよかったので、薬を飲み続けていましたが
その後、リリーは鼻血をよく出すようになり、時々とても苦しそうな息遣いをしていました。

6月19日、私たち夫婦と次男は、キャンプへ行っていて、帰ってきたのが朝の10時半ごろでした。
前日、出かけるまでは今までと変わらない状態のリリーだったのに、
帰ってみると、リリーはとても苦しそうにしていました。
今までの苦しがり方と違う!! 私は直感的に思い、リリーのそばから離れられませんでした。
身体をさすりながら、涙があふれてきました。「頑張って」

夫は、リリーの苦しみ方がひどかったので「明日朝一番に、先生に往診を頼もう」といいましたが
結局、リリーはそれを待たずに逝ってしまいました。
まだ温かいリリーの身体を抱え、声を上げて泣きました。
「よくがんばったね、ありがとうありがとう」って。。。。。
リリー、8歳と2ヶ月でした。


眠っているようなリリーの顔を見たら、もう苦しくないんだって、よかったのかもしれないって思いましたが
やはり悲しみは大きなものです。
リリーが私にとってどれだけ大きな存在だったことか・・・
ペットを飼うということは、別れも覚悟しなければならないと分かっていても、
愛するものを亡くす悲しみは、乗り越えるのに大変な力が要ります。
きっと私も、まだまだ時間がかかることでしょう。

でも、リリーが安心して虹の橋で遊べるように、私は必ず元気になります。
それが今、私がリリーにできる一番なことだと思うから。。

shihondou1.jpg


お母さんから大好きなリリーへ
(これは、リリーが旅立ってから一ヵ月後くらいに書きました)

リリー、今何をしていますか?
美味しい物を食べているかな?ボールを追いかけて遊んでいるかな?
虹の橋での暮らしは慣れたかな。。。

リリーがお母さんのところへ来てくれた2年半、リリーはいっぱいいっぱい
お母さんにいろいろなものをくれました。
どれだけリリーに癒されたか分からないよ。
ほんとうにありがとう。
いつもおりこうさんなリリー。美人なりリー。食いしん坊なリリー。
どのリリーの顔を思い浮かべても、自慢のリリーでした。
だけど、本当はもっともっと一緒に居たかったよ。
もっといろいろな所へ一緒に行ったり、遊んだりしたかった。

リリーが病気になって苦しかったとき、
お母さんはリリーのこと、ちゃんと看病できたかなってと思うと
今でも後悔してしまうことがあります。
病気のことをあまり知らなくて、
リリーが苦しいときにちゃんと看病できなかったかもしれない、、
そう思うと、リリーに申し訳ないことしたなって思っているの。
ごめんね。

きっと苦しかったかもしれないのに、リリーはお母さんの誕生日に、
素敵な贈り物をくれました。
本当にありがとう。嬉しかったよ。
夢の中だったけれど、リリーが元気になって、
昔のように公園を走りまわっていたの、
キラキラした毛も、風に吹かれながら走って笑っている姿も、
お母さんははっきりと覚えています。
でもまさかそれが、リリーのお別れだったなんて・・・

リリーと暮らした時間は、今はお母さんにとって宝物です。
リリーと一緒の時間は、まだまだずっと続くって思っていたから、
今のお別れは
お母さんには、とっても辛いです。
いっぱい泣いて泣いて、泣き虫になってしまったよ。

でも、少しずつ元気なっているから安心してね。
リリーのこと、笑顔で思い出せるように、少しずつ少しずつ、前へ進んでいきます。
いつの日か、虹の橋で出会えたら、またいっぱい遊ぼうね。
その日が楽しみです。

大好きなリリー♪
本当に、本当に、たくさんの愛をありがとう。

                                 2005年7月
                                      なごみ
    










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コメント

YOSHIEさんへe-343
早いものでもう3年です。
ネットを始めたのもリリーが居たからで
そしてまた、ネットでお友達になった方に
リリーが亡くなったとき、どれだけ慰められたか分かりません。
YOSHIEさんから頂いた綺麗なe-398お花、、
すごく嬉しかったです。
思い出としていつまでも心の中に生きているリリーです。
きっと今ごろ、judyちゃんと虹の橋で元気いっぱい
遊んでいますよねe-266

リリーちゃん、もう3年が経つんですね。。。
nagomiさんとは確かゴル飼いということで知り合ったような気がしますが。。。
最近どんどん記憶力が衰えて不確実ですが(笑)

りりーちゃんの病気がわかってからの日々は本当につらいものでしたね。
以前と違うリリーちゃんを見ながらの毎日・・・家の中で飼っていたのに
苦渋の選択で外へ出して、、、パパさんもnagomiさんも大変でしたね。。。
judyを亡くしたときに今まで亡くなられたお友達のワンちゃんの顔がたくさん浮かんできました。
そして飼い主さんの悲しくてつらい気持ちもずしずしと伝わってきて。。。

思い出になっても涙が出てくることありますが、
心から「ありがとう」って気持ちになりますね〜(^_^)

まさちゃんへe-343
ほんと、早いです。
もう丸3年経ったなんて・・・
自分の中では、いつまでもリリー。。なんですけどe-266
今こうやって穏やかに思い出せるのも、
時間が経ったからなんですよね。
あの当時、HPをしていて本当によかったって
どれだけ慰められたか分かりません。
リリーもきっと今頃は笑って私を見ていてくれていると思います。e-267

ようこちゃんへe-343
うんうん、分かる〜〜。
すごく悲しいんだけど、なんかこう、、
記憶が飛んでいる感じもするのよね。
チコちゃんも、ようこちゃんにいっぱい愛されたv-286ちゃんだったのね。
私も、リリーが「犬と暮らす素晴らしさ」を教えてくれたワンだと思う・・・
おかげで今、モモやサクラ、ユズと居れるもんね。

今頃きっと、
チコちゃんもリリーも虹の橋で遊んでいるよね。

yokkoさんへe-343
早いもので、もう丸3年が過ぎました。
初めてyokkoさんにお会いしたのが
リリーの火葬のときでしたが、
あの時は、本当に来てくださって心強かったのです。
どれだけ悲しかったか分からないけれど
時間が癒してくれるものですよね。

丸3年経つのですね。
パソコンの画面を見て泣きました。
リリーちゃんはnagomiさんのお家の子に
なれて幸せだったねー。e-266

リリーちゃんが繋いでくれた縁がいっぱいですね。
虹の橋でリリーちゃん
きっと笑っていると思います。v-290

nagomiさんがゴールデン、大型犬が好きって言っていたのは
リリーちゃんへの想いがあったからなんですね。
キャンプを始められたのもリリーちゃんがきっかけだったのですね。
nagomiさんと家族と過ごした2年半はリリーちゃんにとって
どんなにか輝いていたことでしょう!

リリーちゃんと私が初めて飼ったチコ(アメリカンコッカー)が
重なります。 チコも成犬(9才)のときに家に来ました。
私が小三の時です。 私の年齢と一緒だったチコ。
中二(14才)の時に逝ってしまいました。
つらくて、つらくて その頃の記憶がちょっと
抜けてしまっているんです。

リリーちゃんの側にモモちゃんがいたように
小型犬のマルチーズ(クロ)がその頃には
一緒にいたはずなのですがチコが亡くなったときに
クロがどうしていたかとか全然思い出せないんです。

私の可愛い妹が死んでしまった。自分の心の一部も
一緒に死んでしまったように感じました。

でも犬と過ごすという事がどんなにか素晴らしい事か
教えてくれたのもチコです。
その後 家では何匹かの犬を看取っていますが
結局は犬が側にいる生活を家族みんなが望みます。
別れはつらいけれど犬と一緒に過ごす日々はなんて素敵なんだろうって
今は私の子供達も感じてくれていると思います。

リリーちゃん、虹の橋でチコに会っていないかな?
あなたと同じように金色の毛でお口の横のタプタプが可愛い
美人さんだったのよ。 もし会えたならお友達になってあげてね。
いつか虹の橋で会おうねって伝えてね。

リリー     リリーちゃん・・・

リリーちゃん! 3年になりますね、

あの日は暑かったね、

nagomiさんとリリーちゃんとの
初めての出会いがあの場所になるとは
思ってもなかったよ、

ペットを飼うと言う事は
動物から命の委任状をもらう事!
別れの悲しみは避けられない・・・
ホントに辛いわよね、

悲しいのは深い深い絆があったからこそだよ、

yokkoも初めて直面したあの日の事は
忘れません。

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